育児日記

父子家庭のおもひでぽろぽろ

妻の不倫とお腹の子

こんにちは!

やましんぐるさんがツイートとブログ紹介をしてくれたので、その件について詳しく書いてみますよ(๑•́灬•̀๑)

なにから書きだしていいのかわからないので読みづらかったらすみません(´・_・`)

 

当時の家族状態

私:損害保険会社勤務(転職したてのほやほや)

妻:生保レディ(妊娠21週目)

長女:2歳なりたて

夫婦関係は良好。(だと思っている)

セックスレスで営みの頻度は半年に1回程度。

私からは誘っていましたが眠いという理由で断られることがほとんどでした。

 

妻の不倫発覚

なんとなく妻の行動に怪しい点がチラホラ。

気になるので悪いなぁとは思いつつ、スマホGPSのアプリを入れて場所を確認。

すると居るべき場所とは全く違う所に居たというのがまず最初です。

気になりつつも、長女を一緒に連れていくわけにもいかず、その時はそのまま保留。

これと同じ事が何回か繰り返しありました。

そして毎回、GPSの示す場所は同じ。

 

ある日、私が仕事で帰りが遅くなってしまう日があり、夕飯もいらないと伝えました。

仕事を終え、帰る前になんとなくGPSを確認すると家ではなく、例の場所を示していました。

長女も一緒にいるはずなのに??

やましい事ではなかったのかな?と思いつつ、確認の為にその場へ向かいました。

 

GPSの示していた場所は運送会社。

妻は当時、生保レディをしていたので仕事でトラブルでもおきたのかな?と思いました。

恐る恐る敷地内に入ると、コンテナハウスのような建物の中に妻と男性が談笑していました。

長女がいない…長女はどこ??と心配になりながら私は外で聞き耳をたててみたりしました。

しかし内容までは全く聞き取れません…

とりあえず長女の居場所が心配なので妻が長女を預けそうなお姉さん2人の内、1番上のお姉さんに電話をかけました。

1番上のお姉さんは「長女の事は預かってないけど実家やもう1人のお姉さんにも確認してみるよ」と言ってくれたので、私は妻と男性の様子をまた観察する事にしました。

 

しばらくすると、営みの前戯段階が始まり、

まだ希望を捨てていなかった私は頭が真っ白になりました。

証拠を撮らないと!と思った私は外から写真を撮ったりしたんですが、視覚が狭すぎて写ってるのはなんじゃこりゃ状態。

証拠にもなんにもならないような写真。

なんで私は自分の妻が他の男に弄ばれて喜んでるのを必死になって写真に納めようとしてるんだろう…と謎の境地に達していました。

 

そうこうしている内に建物内では本番行為がはじまります。

避妊をしている様子もみられません。

私は限界でした。

建物の扉を開けて「うちの妻を返してもらっていいですか?」と乗り込みました。

妻は扉を開ける時の音でとっさに奥に隠れ、男性はズボンを穿きながら

「すみません、保険のことで相談してました」と言い訳を言い出したので、

「全部見ていましたので」と答えました。

妻が奥からうつむいて出てきたので、妻を呼び、男性には「中途半端で終わらせてしまってすみませんね」とわけのわからない捨て台詞を吐いて、妻に「帰るよ」と言って建物を出ました。

 

建物の外で妻に「長女は?」と居場所を聞きました。

やはり2番目のお姉さんに預けていたようです。

そしてお姉さんは不倫を知っていて長女を預かっているという事も聞きました。

妻に「いつから不倫してたの?」と聞くと「10ヶ月ぐらい前から」との答え…

そこではじめて疑問に思って、

「え?お腹の子は?」ととっさに口から出てました。

「ほぼ間違いなく彼の子」と妻はこう答えました。

 私は真顔でした。

「とりあえず長女が心配だから迎え行くよ」と妻に告げ、

妻とは別々の車で長女の迎えの行きました。

 

長女を迎えに行くと、

2番目のお姉さんはかなりばつの悪そうな顔をしてました。

 

 たぶん、バレたことを妻が連絡していたんでしょう。

そんな中、長女は天真爛漫な笑顔で出迎えてくれました。

 

家に帰宅して、まず長女を寝かしつけました。

もう遅い時間だったこともあり、長女はすぐに寝てくれました。

 

それから妻との話し合いです。

男性は妻子持ち。

なぜ不倫してしまったのかに関しては、誘われて舞い上がってしまったとの事。

私に不満があるわけではないと言われました。

男性との連絡のやり取りを見せてもらうと、2番目のお姉さんの話題が出てる?

妻に聞くと、お姉さんも別の男性と不倫をしているとのこと。

妻が男性に言い寄られている事をお姉さんに相談したら、不倫を薦められ、妻もその気になって不倫開始。

お互いに協力しあって不倫、情報交換していたらしい。

まぁでもそんなことよりもまずはお腹の子の事。

どういうつもりで今まで黙っていたのか、お腹の子の人生をどう考えているのか

男性はどう考えているのか、お腹の子が産まれ何かがきっかけで今回の事が発覚していたらどうするつもりだったのか…などなど

話し合った結果、わかったことは妻は「妊娠した!産みたい!バレたら一人で育てる!」という単純明快な考えでしかなかったこと。

私や、長女、お腹の子の気持ちなんてものは一切考えられてませんでした。

男性は妊娠が発覚した当時から責任は一切とる気なし。

問題はすでに妊娠21周、中絶するとしたら残り数日のうちに決断するしかありません。

決断するなら悩んでる暇なんてありませんでした。

でも悩んでしまったんですよね。

妊娠が発覚してから我が子としてお腹に話しかけてましたし、長女も赤ちゃんがいることを知っている。

なにより妻のリスクやお腹の子のことを考えたら決断できませんでした。

 

再構築とうつ病

妻には会社を辞めるようにと男性との連絡を完全に絶つ事、2番目のお姉さんとも必要最低限の接触以外しないことを条件に再構築を試みました。

長女の為に、なるべく離婚はしない方向に考えました。

お腹の子のことは結局決断できないまま、22週目に突入してしまったので中絶はもうできません。

必然的に私が自分の子として育てることになります。

長女と同じように平等に愛せるのか、この子をみる度に思い出してしまわないか、

血液型が違かったらなんて説明する?、反抗されても愛せるのか、

虐待してしまうのではないか…などなど

もう考えてもきりが無く、答えも出ないような疑問を常に自分自身に問い続ける毎日が続きます。

そして私は、次第に仕事に行けなくなり、家事ができなくなり、子供と遊ぶこともままならず、自分のトイレに行くことがやっとでほぼ寝たきりのような状態になりました。

加えて、トラウマなんでしょうね。

不倫現場を直接見てしまったせいかフラッシュバックもよくしていました。

 

フラッシュバック (flashback) とは、強いトラウマ体験(心的外傷)を受けた場合に、後になってその記憶が、突然かつ非常に鮮明に思い出されたり、同様にに見たりする現象。心的外傷後ストレス障害(PTSD)や急性ストレス障害の特徴的な症状のうちの1つである。

フラッシュバックという用語は過去に起こった記憶で、その記憶が無意識に思い出されかつそれが現実に起こっているかのような感覚が非常に激しいときに特に使われる。フラッシュバックが起きた場合には、必ずしも映像及び音が存在するとは限らない。記憶には様々な要素があるため、フラッシュバックは「恐怖」などといった感情味覚痛覚など、感覚の衝撃として発生し得る。

フラッシュバックは、幼児期に経験した外傷体験を言語的に認識する能力を持たないまま記憶し、それでもなお忘れられない場合にも起こる。この、外傷体験を当初から取り込むことに失敗する現象のことを解離という。この記憶はまともに意識に上らないため、時間に抵抗し変造加工が困難である。また、それゆえにフラッシュバック性の記憶はその鮮明さにも拘らず言語化が困難でもある。さらに時間とともに霞がかからずむしろ原記憶よりも鮮明さは増す傾向が強い。

幼年期のトラウマの体験者は、これらの感情の記憶を意識化しないまま持っている可能性もあり、そしてフラッシュバックにおいてそれらを再経験する可能性がある。

アスペルガー症候群などの広汎性発達障害でもフラッシュバックを引き起こすことがある。

フラッシュバック (心理現象) - Wikipedia

 

妻に頼み、病院へ

カウンセリングを受けてうつ病だと診断されました。

 

うつ病(うつびょう、鬱病、欝病、英語: Clinical Depression)は、気分障害の一種であり、抑うつ気分、意欲・興味・精神活動の低下、焦燥(しょうそう)、食欲低下、不眠、持続する悲しみ・不安などを特徴とした精神障害である[2]

精神障害の診断と統計マニュアル』第5版 (DSM-5) には、うつ病の診断名とうつ病性障害(だいうつびょうせいしょうがい、英語: Major depressive disorder)が併記されており、この記事では主にこれらについて取り上げる[3]。これは1日のほとんどや、ほぼ毎日、2、3週間は抑うつであり、さらに著しい機能の障害を引き起こすほど重症である場合である[4]。1 - 2年続く死別の反応、経済破綻、重い病気への反応は理解可能な正常な反応である場合がある[3]

有病者数は世界で3.5億人ほどで一般的であり、世界の障害調整生命年(DALY)において第3位(4.3%)に位置づけられる[5][6]。しかし多くの国にて治療につながっておらず、先進国であろうと適切にうつ病と診断されていない事が多く、その一方ではうつ病と誤診されたために間違った抗うつ薬投与がなされている[5]。WHOはうつ病の未治療率を56.3%と推定し(2004年)[7]、mhGAPプログラムにて診療ガイドラインおよびクリニカルパスを公開している[2][5]

うつ病 - Wikipedia

 

収入も無くなり、妻も妊娠中で新しい職場を探すのも難しくなってしまった為、

実家に戻り、両親や兄(長男)に事情を説明。

理解してもらい住まわせてもらえることになりました。

兄は産まれる前に離婚したほうがいい、産まれると情が湧いてしまう、と言われたり、先ほど述べた私が悩んでいるようなことも心配していましたが最終的には「お前は優しすぎるから」と自分を納得させてました。

 

実家に戻ってからは平凡な時が流れます。

とは言っても、長女が保育園に通っている間はほぼ寝たきり生活。

家事は母がほとんどやってくれていました。

長女が帰ってくると、メインは妻でしたが、私もできる限り遊んだり。

そして収入が全く無いのは困るので、夜中のアルバイトを始めました。

 

次女誕生

妻のお腹がかなり大きくなりました。

まだまだ私はウジウジ悩んでいます。

悩みながらも、私はお腹の子へ毎日絵本を読み聞かせていました。

これはもう気力です。

愛情が湧くように努力していました。

そして出産。

もちろん立会いです。

元気に産まれてきてくれました。

私はというとなんともいえない感情。

でも、根拠もなく大丈夫かもと思えた気もします。

例のお姉さんが直接出産報告の連絡が来なくてSNSで出産を知って悲しくて泣いたという知らせが届いたのが印象的です。

どうでもいいし、どの面下げて言っているのか。

 

名付けと育児

次女の名前を考えました。

長女の名前に関係した名前。

どこかに繋がりをもたせたかったからです。

妻も喜んでくれました。

育児に関しても積極的にやっていました。

母乳だったので、そこだけは妻に頼み、他にできることは極力やりました。

数ヶ月経ってから、妻には収入確保のため働いてもらう事に。。

私も引き続き、夜のアルバイトをしていました。

次女も昼間は保育園に預けられればよかったのですが、いっぱいで預けられず。。

私が昼間育児、妻が仕事をする事になりました。

 

それから少し経ち、次女が小規模保育施設に入れることに!

私は、夜のアルバイトはあるもののやっと自分の病気に向き合い、休養ができると思っていました。

 

救われた言葉

この頃ですかね、たまたま以前働いていた職場に顔を出す機会があって、

最後に仕事を教えていた部下と少し話しをしました。

彼はかなり楽観的な性格で、私とは真逆の性格です。

私はもうとにかく誰でもいいから話を聞いてもらいたくて、彼に次女のことと私の悩みを話しました。

彼は私に聞きました。

「一号さんは長女ちゃんと次女ちゃんがいて次女ちゃんが泣いてても長女ちゃんを優先しますか?」

「それはさすがに次女じゃないかな?」と私が答えると、彼は「じゃあ大丈夫っしょ!」とかなり雑な答えw

でもこれにかなり救われたんですよね。

たぶん私の中ではすでに答えが出ていて、ただ背中を押してもらいたかったんだと思います。

この時から何かが吹っ切れました。

 

妻の恋

なにで発覚したのか忘れてしまった…

とにかく妻が他の男とやり取りしているのが発覚しました。

まだ不倫にまで発展はしていないものの、今後どうなるかなんて目に見えてます。

妻と話し合いました。

相手は地元の後輩で仕事中に声をかけてきたらしい。

話し合っている最中に、妻のスマホに男からの着信。

まさに今話しているその男でした。

私が電話に出て「もう関わらないでください」と告げました。

相手は「そういう関係じゃない」と言っていましたが、今後そうなろうとしてるのは明らかだし、すでに妻の気持ちが揺れている。

 

離婚と親権

ここまできても私は再構築しようとしてましたが、もう妻にはその気がありません。

いくら話しても聞く耳持たず、子供より新しい男のことしか見えてなさそう。

結局、そのまま離婚の流れに…

その頃になると、もう私の気持ちや覚悟は決まっていたので子供は2人とも私が引き取ると妻に伝えました。

妻は最初「病気の癖に育てられんのかよ」と言っていましたが、すぐに折れました。

 

この報告をした結果、幸いにも父も母も私の決断を受け入れてくれたのはありがたい限りです。

主治医には人が好すぎると言われ、弁護士さんには病気の悪化を心配を…

そして兄には報告できてませんが、引き取ったことは知ってくれているので諦めているんでしょうw

 

まとめ

読んでもらったらわかりますけど、不倫相手の子?関係ねぇ!俺が育てる!みたいなかっこいい判断でこうなったわけじゃありません。

実際はぐだぐだに悩みに悩んでろくな答えも出せないままに事が進んでこうなったって言ったほうが正しいです。

そんなできた人間じゃありません。

今となっては何をあんなに悩んでいたんだろうと思えるぐらい普通に子供たちを愛せてますけどね!

姉妹で仲も良いのでバラバラにしなくて良かったと心から思います。

年頃になって反抗期をむかえたらという心配に関してはイヤイヤ期も乗り越えてますけど?ってスタンスでw

病気に関してはこの時期に無理しすぎたせいでこじらせてる感は否めないですけど良い方向にはむかってるかな?

なんだかんだ子供たちのおかげで私は幸せですよ!