父親が親権を争った結果
こんにちは!
ブログを書くようになって過去を振り返ることが多くなっているのがちょっと辛い1号です笑
今回も過去を振り返りますよ!
初めての調停離婚、子どもの親権についてを書きたいと思います。
私に女性の見る目が無いってことには目を瞑って読んでください笑
離婚原因
色んなものの積み重ねですが、
妻の浮気性、家事への協力の無さ、育児参加の関心の低さが主な原因です。
妻は元々家事をしないで育った人でした。
それは結婚前から分かっていたのですが、結婚したら変わってくれる、出産したら変わってくれると淡い期待をもってしまっていたんですね…
期待は全て脆く崩れ落ちました笑
家庭の状況
妻は家事をしませんでした。
妻と話し合い、働いてもらうように促した結果、週4以上、一日6時間以上は働けないと言われ、それでもいいからと働いてもらう事に。
それから共働きでやっていたんですが妻は家事だけでなく育児に関しても、可愛がりはするものの、自分の気が向いた時のみ。
夜中のミルクや夜泣きで起きてくれたこともありません。
そんな中、致命的だったのが男遊びを始めたことでした。
話し合い
男遊びが発覚し、話し合いました。
離婚の話も出たんですが、再構築の方向へ。
しっかりと自覚を持って家事や育児に協力してほしいと伝えました。
その時はいい返事をもらえたのですが…
まぁ結果は何一つ変わりませんでした。
当時の子どもの状況
女の子で当時は二歳弱。
まぁろくに触れ合っていなかったので当然の結果なんだと思いますが、
妻には懐いてなかったです。
妻が抱っこしようとしても嫌がって逃げ出すような状況でした。
正直、当時の妻は子どもを着せ替え人形のような扱いをしていたと思います。
改善が見られず
結局、話し合いむなしく妻は変わってくれませんでした。
私は我慢の限界を迎え、離婚を切り出します。
次の日、妻は子どもを連れて実家へ帰っていました。
調停へ
子どもを連れて行かれてしまい、ろくに離婚の話し合いもできない状況になってしまったので調停を申し立てました。
争点は子どもの親権、もちろん私は引き取るつもりです。
何度も何度も調停で話し合いましたが、調停員はあからさまに妻の味方でした。
それまでの経緯も全て話していたのに、「旦那さんが主夫やればよかったんじゃないの?」と鼻で笑われたり、(主夫もしていた事はしっかりと伝えている)
「母親が虐待でもしてない限り父親は引き取れないよ」と言われた時に感じた理不尽さは一生忘れないと思います。
法律も勉強しましたが、調停員は父親に勝ち目のない調停を少しでも早く終わらせたかったんでしょう。
結局、私は心が折れてしまいました。
勝ち目のない争いを続けられるほど私は強くありませんでした。
自分に立ちはだかる法律という壁の巨大さと絶望感。
もうね…言葉に言い表せませんよ。
結局、調停の最後に、妻に会わせてもらい、子どものことをよろしくお願いしますと頭を下げたのを覚えています。
幸いにも、子どもは妻の実家でしたので、妻の母などの協力のおかげでちゃんと育ててもらえているようでした。
そして私はもう子どものためには養育費を支払うことしかできないという結論に至ってしまったんですね。
まぁしばらくは廃人のようになっていましたが笑
という、お話でした!
調停の話とかもっと詳しく書いたほうが参考にしてもらえそうですけど、細かく覚えていなかったので書けませんでした…ごめんなさい。
ではでは。